「私は、ひとりでも幸せです」
2026年02月04日
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母に電話をかけるたび、「ひとりで寂しいでしょう」「かわいそうに」と言われます。その言葉を聞くたび、少しだけ間ができます。
私は、自分を寂しいと思ったことがありません。遠くで暮らしていますが、毎日は意外と落ち着いていて、ちゃんと続いています。
最近、兄から久しぶりにメッセージが届きました。
「元気?」
「急にお前のことを思い出した」
最初は、ただそれだけでよかったのです。 でも会話は少しずつ、別の方向に進みました。
「海外に行って、何か変わったのか」
「みんなベトナムでは車を買って、家庭を持っている」
「何のために外国にいるのか分からない」
私は少し強い言葉で返しました。最初から“人生を変えるため”に来たわけではないこと。今の生活は、中学生の頃から思い描いていた延長線にあること。
兄は「ただ心配しているだけだ」と言いました。でも、その心配の中に「かわいそう」という前提が混じると、私の気持ちは急に遠くなります。
「会いたい」「寂しい」
その言葉なら、素直に受け取れます。けれど、「大変でしょう」「ひとりで可哀想だ」という言葉には、うまく頷けません。
平日の夜は、仕事を終えて家に帰り、はっちゃんと遊びます。特別なことはしませんが、その時間は静かで、安心しています。
週末は、山に登ったり、海へ行ったりします。自然の中で深く息を吸うと、考えすぎていたことが少しだけほどけていきます。
私はひとりで暮らしています。けれど、それを不自由だと思ったことはありません。
誰かの心配と、私の現実は重ならないままです。それでも、私はずっと同じ場所で、自分の生活を続けています。
今夜も、いつもと変わらない夜です。