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私の中にも、牛がいた

2026年08月11日 56 views

『昔、あるところに牛がいた』というタイトルを見たとき、最初はどんな話なのかよく分かりませんでした。

「牛」という言葉から想像するのは、せいぜい牧場や昔話くらいです。ところが、この本で出てくる牛は、ただの牛ではありません。人が「これがないと生きていけない」と思い込んでいるもの、あるいは自分をその場所に留めている言い訳や思い込みを、牛という存在に置き換えて描いています。

この設定が、なかなか面白い。

物語の中では、貧しい家族が一頭の牛を飼っています。牛は家族にとって大切な存在で、牛がいるからこそ、なんとか生活を続けることができています。裕福ではないけれど、牛がいる限り完全に何もないわけではない。だから、その牛を手放そうとは誰も思いません。

ところが、そこにある出来事が起こります。

この話の面白さは、「牛を持っていること」が幸せなのか、不幸なのかを単純に決めていないところだと思います。牛は実際に家族の生活を支えています。だから、「そんなものは捨ててしまえばいい」と簡単には言えません。むしろ、今の生活が苦しいからこそ、その牛にしがみついてしまう。

そして、この「牛」が少しずつ別の意味を持ちはじめます。

「時間がないから」

「まだ準備ができていないから」

「自分には難しいから」

「もう少し経験を積んでから」

こういう言葉は、どれも一見するとかなりもっともらしい。だからこそ厄介です。

本当に時間がない場合もあるし、本当に準備が必要な場合もある。それなのに、その言葉がいつの間にか「やらなくてもいい理由」に変わってしまうことがある。

この本は、そういう人間の心理を「牛」というかなり分かりやすい形に置き換えています。

そのため、内容自体はそれほど難しくありません。むしろ、かなりシンプルです。

ただ、そのシンプルさがこの本の読みやすさでもあり、少し物足りなく感じるところでもありました。複雑な心理描写や細かな人物設定を楽しむタイプの作品ではなく、「こういう考え方をしていませんか?」と読者に問いかけながら話が進んでいく本だからです。

それでも、「牛」という一つの言葉を使って、言い訳や思い込みをここまで分かりやすく説明しているのは面白いと思いました。

特に印象に残ったのは、「何もしないことにも結果がある」という考え方です。

失敗したことなら、「あのとき挑戦して失敗した」と覚えています。でも、やらなかったことは、失敗として記憶に残りにくい。行かなかった場所も、始めなかったことも、申し込まなかった仕事も、「何も起きなかったこと」としてそのまま流れていきます。

だからこそ、気づきにくい。

このあたりは、この本の中でも特に面白い部分でした。

もちろん、この本を読んだからといって、すべての「できない理由」がただの言い訳になるわけではありません。現実には、本当に時間がなかったり、お金がなかったり、自分一人ではどうにもできないこともあります。

だから、「言い訳を全部捨てて、とにかく挑戦しよう」という話として読むよりも、「自分が今抱えている理由は、本当に必要なものなのか」と考えるきっかけになる本として読むほうが、この本には合っている気がします。

全体としては、とても読みやすい本でした。

物語そのものはシンプルですが、「牛」という比喩が分かりやすく、読んでいる途中で自分の身近な出来事に置き換えて考えやすい。難しい自己啓発書を読むよりも、短い物語を一つ読んで、「なるほど、こういう考え方もあるのか」と思えるタイプの本です。

ただ、個人的には、もう少し物語としての厚みがあってもよかったかなと思います。

それでも、「言い訳」という少し抽象的なものを、一頭の牛として目に見える形にしたアイデアは印象に残りました。

読み終わったあと、「自分の中にはどんな牛がいるんだろう」と考えたくなる。

そういう意味では、タイトルの『昔、あるところに牛がいた』も、読み終わってから見ると、最初よりずっと意味のある言葉に感じられました。

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